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Rainbow Color

石川 美奈子 Minako ISHIKAWA

2025.5.24-2025.7.13

Shanghai

線が紡ぐ光の記憶──石川美奈子の制作技法と哲学

 

石川美奈子の作品を前にしたとき、誰もがまずその色彩の美しさに心を奪われる。しかし、もう一歩近づいて見ると、その色は無数の細い線が集まって生まれていることに気づく。この驚きこそ、石川の作品に宿る最大の魅力である。

石川は透明なアクリル板の上に、自ら特製した小さな絞り器でアクリル絵の具を線状に絞り出していく。1作品あたり数百色もの異なる色を自ら調合し、そのすべてを一本一本、呼吸を整えながら引いていく。

筆圧を一定に保ち、左右にぶれることなく細い線を引き続ける作業は、集中力と緻密な技術の積み重ねによるものだ。

この制作法には、石川が大学時代に学んだ友禅染の経験が深く影響している。布の上に細かく模様を置いていくその作業に、無意識のうちに魅了され、やがて「線を引く」という行為そのものが、石川にとって表現の核になった。

使う色にも工夫がある。絵具は赤・青・黄の三原色に近い透明色を基に調合されており、隣り合った線同士が微妙に影響しあって、肉眼では捉えきれないほど細やかなグラデーションを生み出している。透明な空気や水の存在感を描き出すための選択であり、そのこだわりが作品全体に清涼感と奥行きをもたらしている。

一見、極限までストイックな技法に思えるが、その背景には、世界の美しさを捉えようとする柔らかな眼差しが宿っている。石川美奈子の作品は、技術の結晶でありながら、決して冷たさを感じさせない。それは、彼女自身の生き方、ものごとへの向き合い方が、温かな手触りを持って作品に滲み出ているからにほかならない。

 

 

空気の中の虹──「wavelengthシリーズ」と希望のグラデーション

 

石川美奈子が長年にわたって取り組んでいる「wavelengthシリーズ」は、光そのものをテーマにした作品群である。

このシリーズの発端は、空気の中に満ちる目に見えない光を、スペクトルに分解して可視化する、というコンセプトにある。

石川は、虹が多様性と希望の象徴であると考え、日々目にする悲しいニュースや社会の分断に対して、静かに、けれど確かに希望を届ける手段として、このシリーズを描き始めた。

「wavelengthシリーズ」では、透明なアクリル板に細い線が何千本も引かれ、それぞれが微細に異なる色合いを持つ。

それらが集まることで、空間全体が柔らかい虹色に染まっていく。

このシリーズを支えるのも、やはり尋常ではない手仕事である。各線の太さと間隔を一定に保ちつつ、色同士が自然に溶け合うよう計算されている。遠くから眺めると一つの滑らかなグラデーションに見えるが、近づくと数えきれないほどの線が連なっていることに気づき、あらためて作家の執念と技術力に驚かされる。

自然の中に存在する目に見えないものを、確かな手仕事によって私たちの目の前に引き寄せる石川美奈子のその静かな営みは、これからも、時代や技法を超えて多くの人々の心に静かな共鳴を呼び起こし続けるに違いない。

株式会社tagboat

代表取締役 德光健治

アーティストについて

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石川美奈子|Minako ISHIKAWA(b.1974)

石川美奈子(日本岩手県生まれ)は、「空気」のイメージを長年にわたり探求してきた日本のアーティストである。彼女は繊細な筆致と重なり合う色彩の線を通じて、日常の中で見過ごされがちな存在――空気中の流れる光、時間、そして感覚――を表現している。彼女の作品は、光を分けるように繊細な色使いやグラデーションで描かれ、静かでありながら強い印象を与える。控えめな表現の中に、日常の中で見えにくくなっているものへの優しいまなざしが感じられます。現代の社会にある分断や冷たさ、人との距離について考えさせられ、多様性や思いやりを大切にしたいという気持ちが伝わってくる。

石川は岩手大学大学院教育学研究科教科教育専攻を修了し、2000年代初期から日本およびアジアの現代アートシーンで活躍している。東京、台北、小田原、藤沢、那須塩原、気仙沼など各地で個展を開催しており、東京のTagboatギャラリーでもたびたび個展を行っている。彼女の作品は、日本国内外の主要なグループ展やアートフェアにも多数招待されており、ニューヨーク、エディンバラ、台湾高雄、台中、台南などでも展示されている。受賞歴も豊富であり、Tagboat Award大賞(2014年)、Young Artist Japan準優勝(2010年)などがある。宮城県のリアス・アーク美術館や静岡県の熱海後楽園ホテルなどの機関に収蔵されている。